ikkou33’s diary

還暦を越えて( ´Д`)y━・~~

ブルーハーツ

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ずっと前から、テレビを見なくなったし、ラジオも聞かないしで、芸能ネタは、まるで無知だったのよ。ブルーハーツを知ったのは、娘が行ってる高校の文化祭で、まるでこの学校の校歌みたいに、ブルーハーツの青空を生徒らが歌っているのを聞いて、スゲエいい歌って思ってからでした。ブルーハーツリンダリンダを歌っていたのね。これもいい歌だ。そんで、アップルストアから、曲をダウンロードして、聴くようになった。なんか、メチャクチャいいね。心が踊り出す!こんなバンドが時々彗星のように現れ、素敵な足跡を残して、消えて行くんだね。俺、64才だぜ。70になっても、80になっても、ブルーハーツを聴いてるだろうね(^。^)。

巌窟王の様に

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本日も、早朝の仕事を終わらせてから、根津教会に行き、主日礼拝に出席する。

この習慣が、2年以上も続いているのは、喜ばしい限りなり。
女と別れてから、日曜日に誰に会う必要もなくなって、暇だから教会に行くか、とでもいう様に、礼拝に出席している。

思えば、自分勝手に、女を利用していた訳で、そのむくいの様に、次々と友やら知り合いやらと、絶縁状態になる。要するに、遊んでくれる人がいなくなってしまったのだった。私の不徳の致すところ。

なんだか、巌窟王になった気がする。牢獄に閉じ込められてはいないのに、生きている亊が、牢獄みたいな気分。悔い改めて、いつか必ずくる死に備えたいとの思いが強い。

こんな気分になった事はないんでしょうか?

おはようございます

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昨日は休みで、昼頃まで布団の中。腹減ったので、トーストとコーヒー、ウインナと卵のココットを作って食べた。なくなった食材を買いにスーパーに。外に自転車で出たついでにダイソーに行く。ちょうど良い箱がないかなぁと思って。探したけれど、良いのなし。スーパーで買い物して、帰って風呂入り、ひき肉とモヤシを炒め、卵焼きに包む、とん平焼き風オムレツっていうのなか、そんなの作って食べたら腹いっぱいになる。ユーチューブ見て、ダラダラしてたら、眠くなったので寝た。ほんとは、小説読もうと思っていたんだよ。知り合いの人が送ってきた同人誌の。感想書いて送ろうと思ってた。なんか乗り気がないなぁ。文ちゃんに会いたいなあって、電話するかなぁって思ったけど、やめた。あっそうだ。電話する代わりにハガキを書いて送ったよ。早く寝たので、四時には起きてしまいました。本日は少し仕事して、礼拝に出席します。

よく晴れた土曜日の朝

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朝から天気が良くて、気持ちがいい。このところの気温差の激しさで、体調を崩して、かったるくてしょうがなかったけれど、休みの今日をダラダラ過ごせば、回復するんじゃなかろうか。しかし、身体がしんどいと、それに伴い気持ちが落ち込むのには、閉口するね。なんもする気が起きない!私は64才で、息子と同居しているけれど、生活は完全に別だから、ひとり暮らしと同じだ。長いひとり暮らし。俺ほどモテる男は、いないんじゃなかろうかと、高慢になっていたけれど、こんなに長く女が寄って来ないところを見ると、どうやら錯覚だったようだ。たんなるヨボヨボの独居老人にしか過ぎない見たい\(//∇//)\。

 

金曜日の夜に

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起き抜けは、寒かったので、首にマフラーを巻いて外に出たら、ポカポカ陽気だったので、拍子抜けがした。今日一日は、半袖でもいいぐらいの暖かさで、自転車通勤をしている身としては、助かる。夜になっても寒くはない。で、なんの予定もなく、このブログに文章を打ち込んでいるのは、帰宅して、ご飯を食べようとしたら、釜にご飯が入っていないので、しょうがないから、ご飯を炊いている訳で、ご飯が出来るまで、何も出来ない事が分かって、最近購入した中古のMacBookproを起動して、これまた最近始めたばかりのHatena Blogになんでもいいから文章を打ち込む事にしたのだった。

こんな片隅の迷路見たいなブログを好き好んで訪れる人はいないから、誰も見てない事を想定して、好き勝手な文をしたためている。

今日、今は、金曜日の夜で、明日は休みなので、本来なら喜ばしき感情が沸き起こりそうなものだけれども、なんの予定もないので、嬉しくもなんともない。夕食は、殆ど家で作る。外食で済まそうとは、考えない。外のご飯は美味しくないと思う。美味しいのもあるだろうけれど、きっとそうゆうところは、高いんじゃなかろうかと愚考する。とにかく自分で作って食べ、食器を洗って棚に戻してから、寝る。誰に言うともなく、おやすみなんて呟く。また明日ねえ。遊ぼうよ。バイバイ。

主よ

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私は60才の時、洗礼を受けて、クリスチャンになりました。

自分が宗教に救いを求めるようになるとは、思いもしませんでした。

しかし、自分の力ではどうにも乗れ超えられない事態になり、取り乱し、錯乱し、死ぬことばかりを考えるようになり、とにかくその縛りから抜け出たくてしょうがなくなり、辛いものでがんじがらめになった自我を捨てたく、友人に打ち明けたところ、キリスト教の牧師なら、悩みを聞いてくれるから、行きなさいと促され、ある教会に飛び込んだ事が、きっかけになり、礼拝に出るようになり、聖書を読むようにもなったのでした。もう自分はいらないと思いました。いらなくなっても、自分はこの世から消えません。ならばどうするか?残り物の私というものを使って、誰かの役に立つようにしようと思いました。自分の満足を追い求めることをやめ、少しでも誰かの為になるようにしようと思ったのでした。どうせいらない私の体とポンコツの頭脳を、なんらかの不具合を持って難渋している人の助けに使えば、いいんじゃないかと思ったのでした。

現在、私は訪問介護の仕事をしております。日曜日には、礼拝に主席するのが、習慣です。教会への奉仕活動も、できる限るやろうと思っています。その奉仕で、見返りを求めようとは思いません。どうせいつかは死ぬ訳です。そうして私という存在も、忘れ去られる。全てを理解したうえで、なお悲嘆にくれる事もなく、生きていける方法は、これしか無いように思うのです。

主よ、我を憐れみたまえや。

死を哲学する

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図書館の棚に、この本があったので、引っ張り出し、読んでます。

中島義道氏は、厭世観いっぱいの本を書いてる哲学者ですね。仕事が嫌な人の本とか、私の嫌いな日本人なんて本を出してます。

どうせ死んでしまうのに、何のために努力するのか、さっぱり分からないって言ってました。自分どころか、この地球もいつか無くなり、人間が存在していたことさえ、綺麗さっぱり忘れ去られてしまうのに、なんて生きているのか、さっぱり分からないって言ってました。本当にそう思います。人間以外の生物は、死の概念はありません。明日の事だって、考えられませんから。今、ある。ただそれだけしか、ない。空腹だから、食べ物をさがす。満たされれば寝るだけです。自分が年をとる事もわかりませんから。ただ今を生きてある。死を恐れる事もない。知らないんらだから。人間だけが、開かれてしまった。明日を夢見る能力を身につけてしまった。そうして、来ない明日を恐れるようになりました。